所蔵文化財ギャラリー

所蔵文化財『能面』 一覧(抜粋)

十九面中、最も古作と思われるものは『山姥』で、これは上額部を大きく補修しているが、かなり使い込まれた面で、材や彩色の調子からいっても室町末乃至桃山時代まで上げて考えられる。金環を嵌めた両眼、口角を改作した痕跡をのこす唇なども異色で、山姥の一古態を見る思いがある。

群中には三面の近代作品を含むが、他の十五面は江戸時代の標準的な作品で、就中『小面』と『童子』の二面は明和三年(1766年)まで存命を伝えられる大野出目家七代友水の印を有し、作もほぼ彼のものと認めてよい佳作である。なお小面の箱書に『ト半家伝来五十五面内』とあるト半家は、大阪府下貝塚で、中世末期以来、西本願寺系統の名家として知られ、古能面を保有していた記録も遺っている。ここに近世五十面をこえる能面が所蔵されていたことを伝えるこの墨書もまた貴重である。

他に『友閑』『甫閑』『元休』『越前出目』等の作者名を付す作品もあるが、これらはあまり確証がない。そのなかでも『平太』は『出目満矩』の印を有し、作もまたそれと考えてよいし、『喝食』も『児玉能満』印を信じてよいであろう。いずれも江戸中期から後期にかけての作としては上手のものといえよう。『深井』に押された『品川元正』印は珍しいもので、この作者については、故中村保雄氏が越前出目家四代満永の弟子とされた。その根拠はいま求めがたいが、信じてよいであろう。

この一群中には、現代における能面研究の第一人者であった同氏の父親である近代能面作家として著名な中村直彦氏の作品が二点ある。『俊寛』と『怪士』で、ここに異なる二種のサインが見られるのも興味深い。『深井』の作者『矢野啓通』は伝不詳なれど、明治十七年東京国立博物館に『邯鄲男』一面を寄贈しており、その頃の人物と考えられる。

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